脱サラ

社会人3年目で退職。金融営業マンを辞めた理由とその後のビジョン

今年の四月末で三年間働いていた金融機関を思い切って退職しました。この記事では、生きねばブログ管理人がなぜ社会人を辞めたのか。辞めるにあたってについて記述しています。では早速ツラツラと書いていきます。

理由その1結局ブラックでした。

ブラックと言えど巷で噂になっている情報よりは”全然マシ”でしたが。。。

・サービス残業、休日出勤だらけ

労働基準局がどうのこうのという理由で毎月数十時間は残業代が付きましたが、それ以上はつきませんでした。もちろん金融系なので早く帰って調整もできたりしますが仕事量が多すぎて到底帰れないので17時で帰ったことにする日々。土日祝休みと思って入社したのに、町のイベントや会社のイベントがあれば休日出勤待ったなしでした。これがまた多い、毎月1回かそれ以上。中には自腹で旅行に行くという内容もありました。

・仕事量が多すぎる、増える一方

一年目の新人の頃はできる仕事も少なく、逆に先輩に申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、二年目からノルマがドバっと増えていきました。できる仕事も増えていき、やればやるだけ頼られました。性格上断りにくかったので基本的に全部請け負っていたのですが、これが間違いでした。三年目には相続の業務まで一人でさせられるように。従業員わずか8人の小さな支店でしたが、相続がまともにできるのは私を入れて三人だけでした。

・雑用は全く評価されない


仕事の関係上、プレゼントや雑誌などの配り物も外回りの営業担当が全部担うスタイルの職場だったのですが、これが上に全く評価されない。半日とか一日かけて毎月150件ほど配り物をしていましたが、ノルマに入っていない雑用は全く評価されませんでした。相談しても毎年決まっていることだから言い訳にならないの一点張り。誰かがやらねばならないのにやったほうが器用貧乏になっていく...という理不尽極まりないと思ってしまう環境でした。

・ノルマ早期達成と自爆営業

金融系すべてがそうなのかは知りませんが、私の勤めていた会社では、ノルマを一か月早く100%達成すると上だけに特別奨励金が下りるようでした。年度は3月末までなのに11月に達成しろというのです。しかも足りない項目は身銭を切って自爆しろと言わんばかりの圧力。「なんとかしろよ」の一点張りでした。手取り16万そこらで月数万円の保険やいらない雑誌などの自爆が毎年のようにありました。

・バブル世代の上司

この言い方は語弊がありもちろんそうでない人もいるのですが、私の上司はバブル世代真っただ中で上がってきた人でした。知識や能力よりも顔でとか流れでというタイプ。酒を飲んで話してたら、コネでとかそんなのばっかりでした。当然不況真っただ中で営業している私の業務環境は現場に出ず席に座ってるだけでは分かる兆しもありませんでした。

・やる気のない人が多すぎる

別に自分が特別できるとは思っていないのですが、やる気がない、出ない人が多すぎました。やる気がないというか私の勤めていた会社ではノルマを達成したからとか、何かを契約してきたからいくらというインセンティブがほとんどありませんでした。逆に言えばいくら契約してもらおうが、さぼりまくっていようが給料はそんなに変わらないのです。私は性格上頑張ることしかできなかったので損する方の人間になっていきました。次第にボーっと出勤してるだけの人のノルマまで降りかかってくるようになりました。

理由その2何事にもチャレンジするには圧倒的に時間不足だった

・副業を本業に変えたかった

副業でいろいろ仕事をしているのですがすべて本業の金融よりも割がいい仕事ばかりでした。もっと時間をかけることができれば。。。今すぐかえって仕事にかかりたいと思う日が多くなりました。それとは裏腹に三年目に突入するとプライベートでも仕事が増えていき、人間関係の付き合いも増えていきました。次第に毎日自由に時間を使えるなら?通勤時間がかからないのなら?と思いだすようになり退職を決断しました。

・新しい世界をもっとみたかった

平日通勤時間を入れると12時間ほどは仕事に時間を取られる日々、土曜日は一週間分の疲れを取る日、日曜日は次の日仕事だから無理はできない。こんな日が続きました。ある日振り返るとまた一週間、また一週間何もしていないなと思いました。やってみたいことや行ってみたい所はあるのに気が付けば仕事のことを考えていて今度でいいかになってしまう。こうしている間にも動ける期間は減っているのではないか、いったん仕事を辞めてもっと知らない人や知らない仕事、知らない場所を知っておきたい。だって一度きりの人生だもの。そう思った瞬間仕事って絶対に続けないといけないもの。という偏見から可能性に賭けて辞めるという選択肢もありだと思うに変わっていきました。

・理由その3時期的には十分辞めれるタイミングだった

3年目に突入して貯金もそこそこ、年齢も25歳といい歳になってきたので石の上にも三年が終われば動こうと思いました。実は入社した時から副業を既に始めており、奥さんもいなかったし副業で飯を食っていけるだけの仕事も確実にあったので三年目で一度考えようと思ってたりもしました。親にも相談しましたが、三年間で50キロから5キロも痩せていたので病気になるくらいならまだ若いのだからやめたほうが良いとのことでした。これは大学も出してもらっていたので結構以外でした。

・今後のビジョン

今日からは所得こそ無くなりますが会社に尽くさなくてもいいし自由が利くのでいろんなことを勉強したり実行したりチャレンジします。生きねばブログ管理人は小さいころからいつどこにいてもパソコン一台で稼げるアフィリエイターに憧れていたりします。このサイトを含めて現在3つのサイトを管理してるのでいろいろなジャンルを試してみていこうと思います。パソコン以外にも自営業の知り合いを通じて新しい仕事を見つけることにも注力します。

・最後に

まだまだ記事が書ききれていないので何を伝えたかったのか漠然としておりますwwこれは自分の備忘録としておきます。社会人なんてクソだと言えるような稼げるフリーランスを目指して頑張るぜぇwww

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